みなと未来を空撮 ― 2007年07月03日 13時30分51秒
写真はクリックで拡大します。
式根島からの帰り道、新島空港→調布飛行場の途中、みなと未来上空を飛行しました。
ドルニエDo228-212は21人搭乗出来る双発の小型機ですが、小一時間の快適な移動でした。
さて、晴天の上空から見ると地上の全てが丸見え。
戦争でも制空権の大切さが言われていますが、本当にその通りと思います。
防衛省の幹部が「原爆投下うんぬん・・・・」の話をしてメディアにたたかれていますが、当時の日本は3月に硫黄島が降伏し、6月には沖縄が降伏する状況で、日本本土の制空権までも米国に奪われていました。
つまり、どんな爆弾を搭載した爆撃機も迎撃できる状態ではないのです。
そうなってまで戦争を継続した戦時内閣の責任は大きいと思います。
米国の肩を持つわけではありませんが、硫黄島・沖縄と地上戦を継続した結果、本土での地上戦では米軍の損害が大きくなり過ぎるとの判断が米軍内で大きくなったのでしょう。
また、ソビエト連邦の存在が原爆投下の大きな要因になったと想像します。
想像の話ですが、米軍が日本本土での地上戦を選択していたら、終戦はもっと遅れ、九州・四国・本州での民間人の犠牲者ももっと多くなったでしょう。
それ以上に北海道の置かれていた状況は危険だったと思います。
ソビエト連邦に支配されていたのかもしれません。
終戦までに起こったことは不幸ですが、その裏には結果的に良かった事も起きていることを認識したいものです。
ただ、防衛省の幹部の発言としてはいただけないですね。
庁から省に格上げとなって半年です・・もう少し慎重な発言を期待しています。
・
・
式根島からの帰り道、新島空港→調布飛行場の途中、みなと未来上空を飛行しました。
ドルニエDo228-212は21人搭乗出来る双発の小型機ですが、小一時間の快適な移動でした。
さて、晴天の上空から見ると地上の全てが丸見え。
戦争でも制空権の大切さが言われていますが、本当にその通りと思います。
防衛省の幹部が「原爆投下うんぬん・・・・」の話をしてメディアにたたかれていますが、当時の日本は3月に硫黄島が降伏し、6月には沖縄が降伏する状況で、日本本土の制空権までも米国に奪われていました。
つまり、どんな爆弾を搭載した爆撃機も迎撃できる状態ではないのです。
そうなってまで戦争を継続した戦時内閣の責任は大きいと思います。
米国の肩を持つわけではありませんが、硫黄島・沖縄と地上戦を継続した結果、本土での地上戦では米軍の損害が大きくなり過ぎるとの判断が米軍内で大きくなったのでしょう。
また、ソビエト連邦の存在が原爆投下の大きな要因になったと想像します。
想像の話ですが、米軍が日本本土での地上戦を選択していたら、終戦はもっと遅れ、九州・四国・本州での民間人の犠牲者ももっと多くなったでしょう。
それ以上に北海道の置かれていた状況は危険だったと思います。
ソビエト連邦に支配されていたのかもしれません。
終戦までに起こったことは不幸ですが、その裏には結果的に良かった事も起きていることを認識したいものです。
ただ、防衛省の幹部の発言としてはいただけないですね。
庁から省に格上げとなって半年です・・もう少し慎重な発言を期待しています。
・
・
ドルニエ ― 2007年07月03日 14時37分47秒
ドルニエDo228-212は地上で見るとこんな小型機です。
・
・



最近のコメント